神奈川県水産技術センター 内水面試験場
今まで、川の中の小さな生き物たちは全く無視されてきました。近所の小川にタナゴやホトケドジョウがいることすらも知られないまま、経済成長と言う怪物に、生息地はどんどん破壊されてきました。しかし、時代は代わり、認識は少しずれているのではないか。ほとんどの人達は、川や湖の生物のことは、すべて内水面水産試験場に聞けばわかると思っています。その証拠に、試験場には様々な電話がかかってきます。例えば、「クサガメの冬眠方法は」とか、「どこに行けばイトトンボのヤゴは採れますか」等です。また、デイスカスの病気の治療法やグッピーの掛け合わせ方等、熱帯魚に関わる問い合わせも多い野です。今まで実際に行ってきたことと、今、求められていることが少しずつずれてきています。
どうしていなくなってっしまったのか、ミヤコタナゴを例として考えてみましょう。
ミヤコタナゴは国指定の天然記念物です。ミヤコとは東京のこと、関東地方にしか生息しない種です。つまり、本種は、環境破壊が激しい東京周辺に生息する不幸な魚であった訳です。ミヤコタナゴは主として、平野部のため池や小川などに生息していました。彼らにとって不幸な点は二枚貝に産卵することです。これはなかなか素晴らしいアイデアであったはずでした。ところが、この二枚貝が河川改修や水質汚濁によって激減しました。哀れミヤコタナゴは(他のタナゴ類も同様ですが)貝以外に産卵する方法を知らなかったのです。各地で貝の減少とともに、次第にその姿を消して行きました。
神奈川県では、幸いにして最後の生息地であった横浜市内のため池から、少数が救出され、試験場に保護されました。二枚貝を使用しない人工受精による増殖手法に成功し、大量生産が可能になりました。この時代は試験場の仕事は食用としての水産研究だったので「ミヤコタナゴはどうなって食べるんだ」と真顔で言ったお偉方がいたそうです。絶滅に瀕した魚を、試験場で保護するなんて、何のためにそんなことをするんだと言われる時代でした。
ともあれ、神奈川県のミヤコタナゴは試験場があったおかげでなんとか首の皮一枚でその命をつなげることができたのでした。それから、数十年、その遺伝子を絶やさぬように継代飼育を行ってきました。しかし、生物は本来、自然の中で生きてこそ、真の姿であり、飼育下での遺伝子保存はあくまで必要最低限の対応でしかありません。時代もほんとうに少しずつではありますが、変化が生じてきました。いつまでも試験場で飼育していても仕方がなない、生息地を復元しようと言う声が試験場の内外から出てきました。そこで、平成7年度から、試験場の人工河川の生態試験池にタナゴ池で繁殖試験を行ったりして、自然水域へと展開する研究を行ってきました。さらに、平成8年度、マダイ用の網生け簀を使用し、ミヤコタナゴと二枚貝を放養して、放流候補地の選定を行いました。その結果、横浜市内のため池が候補地となり、平成10年度より、放流試験を実施しています。既に再生産した稚魚が採集され、繁殖が確認されました。しかし、今のところ二枚貝の状況はあまり芳しくありません。
ヨシノボリは大量増えているのに、稚貝は採集されないのです。ミヤコタナゴの生息地復元には、タナゴが産卵する二枚貝、その二枚貝が寄生するヨシノボリなどがバランスよく生きていなければならないのです。こんなミヤコタナゴの生息地一つを復元するにも大変な労力を必要とします。
昔からよく言われます。自然を破壊するのは簡単だけど、復元するのはとても難しいと。まさにその言葉を身を持って体験しているわけです。生態系のバランスの重要さ、自然の凄さを新ためて認識させられました。