神奈川県水産技術センター 内水面試験場

アユの全雌三倍体作出技術研究の現状と課題

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はじめに
 アユは年魚と呼ばれるように1年で成熟し、その生涯を終える魚です。アユを養殖しているところでは、成熟すると体色が悪くなったりやせたりするため商品価値が下がるので、夏至以降は電照飼育(夜間でも電気をつけて飼育)するなどにより成熟を遅らせる工夫をしています。
 今回紹介する全雌三倍体アユは、成熟しないと言う特性を持ち、電照飼育不用で商品価値を維持できるばかりか、1年以上生残して大型に成長する。当試験場では、全雌三倍体アユの研究に取り組み、作出技術を確立し、現在量産が可能となっています。民間での養殖を実現するため、水産庁に「三倍体魚等の水産生物の利用要領」に基づく三倍体魚等の特性評価の申請を行い、その確認を受けたので、今年度から、いよいよ民間業者による全雌三倍体アユ養殖が具体化の段階に入りました。

特性
 全雌三倍体アユには染色体数、赤血球の大きさなど普通のアユ(以下、「2倍体アユ」と言う。)とは異なるいくつかの特性がありますが、ここでは養殖に関係の深いGSI(生殖腺重×100/魚体重)の変化と成熟期の成長について、2倍体アユとの比較結果を紹介します。

生殖腺指数 まず、当場で継代飼育している人工産2倍体アユと全雌三倍体アユのGSIの変化を図1に示しました。
8月27日以降2倍体アユは雌雄いずれもGSIが増加しています。
雌は9月28日にピークを迎え、雄の約2倍まで増大し、その後一転して減少していまする。
一方、全雌三倍体アユはGSIの増加が全く見られません。
体重変化 次に、成長について体重変化により図2に示しました。
当初、2倍体アユ、全雌三倍体アユともに同様の体重増加が見られましたが、9月28日を境に2倍体アユは漸減傾向を示し、全雌三倍体アユは逆に増加していくのが分かります。

 以上のとおり、全雌三倍体アユの特性として、通常のアユが成熟期に入っても成熟しないことおよび成長が止まらないことが確認されました。
当場の研究結果では、全長30cm以上に成長し、2年以上の生存が確認されており、水温等更に良好な条件で飼育すれば、一層大型化させることが可能です。
鮎の成熟比較 3倍体アユの雌は卵巣が成熟しません

しかし、雄は体に成熟の傾向が見られます

にせ雄  作出方法
 まず、雄親となる性転換アユ(以下、「にせ雄」と言う。)の作出方法を図3に示します。
 紫外線で遺伝的に不活化した精子を受精させた卵を圧力処理し、雌性発生による全雌魚を作出します。
その全雌魚が全長18mm程度に成長したころより、雄性ホルモン(17α-メチルテストステロン)を配合飼料1gあたり5〜15μgの割合で添加したホルモン餌を約70から90日間投与してにせ雄を得ることが出来ます。
にせ雄は、本来雌の魚がホルモンの作用により機能的に雄となったものなので、精子の性染色体がすべて“X”です。これを用いれば全て雌のアユが得られます。

なお、にせ雄を用いないで、普通の雄を用いると、精子の染色体が“X”と“Y”の2型できるため雌雄混合三倍体となり、三倍体雄は成熟してしまうので作出メリットがありません。
全雌三倍体アユ  次に、全雌三倍体アユの作出方法を図4に示します。
2倍体雌魚とにせ雄から得た受精卵に受精6分後、650kg/cm2の圧力を6分間かけて、受精卵から極体の放出を阻止することにより染色体の倍数化を図り、全雌三倍体アユを作出します。


企業化試験
 先にも述べたとおり、水産庁から特性評価の確認を受けたことにより、平成11年7月から県下の民間業者に全雌三倍体アユを配布し、企業化試験を実施しています。
平均約45g、合計4,000尾を配布して、業者の池における飼育状況及び端境期の試験販売状況を調査し、成長、生残、販路、単価および飼育・販売コストなどから企業化の可能性を検討します。

課題
 にせ雄の安定作出
 全雌三倍体アユ作出には、にせ雄が必要不可欠ですが、その作出率は低く、種苗生産に利用できる個体は500尾処理して1尾程度です。
また、輸精管のあるものを採精したところ、原因は不明だが、雌雄混合三倍体となった例があり、当場では現在、輸精管の欠如したもののみ使用しています。このため、開腹して採精せざるを得ないので、通常の雄なら1尾で数回の採精が可能ですが、にせ雄は1尾で一回しか採精できない欠点があります。
 このように、にせ雄は貴重であり、全雌三倍体アユの安定した量産には、にせ雄の量産技術の確立が急務と考えています。
 その対策として当場では、ホルモンの投与量や投与期間などの処理条件を継続して検討しているところですが、新たに、マイクロカプセルを利用した経口投与も試みています。
 従来は、エタノールにホルモンを溶かした溶液を作成し、それを配合飼料に染み込ませ、乾燥させたものを経口投与していました。
そのため、魚体に取り込まれる前にホルモンが飼育水中に拡散し、適正量投与出来ていないのではないかとの懸念がありました。
そこで、ホルモンをマイクロカプセルに内包することにより、飼育水中へのホルモンの拡散を防げば、適正量ホルモン投与ができるのではないかと考え、マイクロカプセルを利用した投与方法にも取り組んでいます。

精子凍結保存
 貴重なにせ雄精子を有効利用するため、にせ雄量産と平行して精子凍結保存技術にも取り組んでいます。
精子を凍結するとき、細胞の内側と外側の凍結速度が異なると、細胞がダメージを受け、受精能力を保持することが出来なります。
これを防ぐために、凍結速度、凍結保護物質の種類や濃度などについて研究を進めており、現在、凍結速度を自動制御できるプログラムフリーザーを利用して、―60℃の予備凍結までは解凍後も一定の精子活性を保つことに成功しています。 
 しかし、予備凍結後、―196℃の液体窒素に入れた長期保存については成功していません。にせ雄は輸精管がないものを使うため、精巣内精子を利用することとなり、凍結する前から精子活性が低い場合が多くみられます。
和歌山県内水面試験場が行ったアユの精巣内精子の利用研究では、高pHの希釈液に一定時間保存すると、精子活性が高まるという報告があります。これは凍結保存においても有効ではないかと考え、昨年度、高pHの希釈液を使用したところ、予備凍結で従来以上の良好な結果が得られました。同一条件で処理した精子が長期保存中であり、今秋、その結果を確認する予定です。

4倍体アユの作出
 全雌三倍体アユはふ化率が低く、この向上が課題となっています。ふ化率が低い原因として、受精卵の圧力処理が考えられます。
そこで、圧力処理せずに全雌三倍体アユを作出できる四倍体アユの利用を計画しています。
 4倍体アユは2倍体アユの倍の染色体を持っており、2倍体アユの卵の性染色体が“X”となるのに対し、4倍体アユは“XX”となっています。
これににせ雄の精子(性染色体は“X”)を受精させれば、全雌三倍体アユが作出できることになります。
しかしながら、四倍体アユの作出技術は未確立であり、目下処理条件を研究中です。

民間への技術移転
 公的研究機関としては、確立された技術は速やかに民間へ移転するという方向にあり、全雌三倍体アユについても例外ではなく、長期に渡って県で種苗生産できない状況にあります。
 また、にせ雄作出のためのホルモン処理、倍数化のための圧力処理などには、所定の試薬や機器を必要とすることや、ホルモン処理したにせ雄は(にせ雄にならなかった魚も含めて)商品として出荷できないことから、池の効率的な利用等が課題となっています。
 今後、各課題を民間業者と共にクリアーしながら、段階的に技術移転をしていくことが必要と考えています。

販売方法
 今年度、企業化試験により民間で養殖中の全雌三倍体アユが、試験的に販売される予定です。
 アユという魚は、代表的な夏の風物詩であり、旬のものとして取り扱われています。
全雌三倍体アユはこれをくつがえす特性を備えた魚であり、この特性を生かした販売方法を考えるべきでしょう。
冒頭でも述べましたが、販売時期を遅くする方法や、大型に成長させて、身を三枚におろし、刺身や寿司だねなど新しい食材として利用する方法もあります。
 現在、神奈川県のみ量産可能ということから、地域特産物として展開することも考えられます。また、「全雌三倍体アユ」という、一般の消費者に馴染みにくい名称ではなく、適切な名称を付けて販売することも必要かもしれません。

消費者への情報提供
 1996年秋以降、アメリカやカナダから遺伝子組換えをした大豆やトウモロコシ等が国内の市場に出回るようになり、多くの人が遺伝子組み替え技術を使った食品の安全性に関心を持つようになってきました。これらについてマイナスのイメージを持つ人も少なくないようです。
 遺伝子組み替え食品は、簡単に言えば本来その種にない形質(例:害虫抵抗性)を発現させるために人為的に他の生物の遺伝子を取り込ませたものです。一方、全雌三倍体アユで行っている染色体操作は他の生物の遺伝子は一切使わず、本来アユが持っている染色体を倍数化することにより不妊化させたものです。しかしながら、一般の消費者に、全雌三倍体アユもこれら遺伝子組み替え食品と同一視された場合、普及していくうえでの障害となることを危惧せずにはいられません。よって、その対策が必要となります。それには、染色体操作技術と遺伝子組換え技術の違いなどの十分な説明や、消費者が購入の際、それらの違いが分かるような明確な表示など、消費者に対して染色体操作技術に関する情報を、分かりやすく提供することが必要になってきます。
月刊誌 「養殖」8月号に掲載

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